風の通り道


今朝、掃除をしていた時、サラのこの歌がずっと頭の中で流れていました。


掃除をしたり、洗い物をしていたりする時、、、

よく、色々な思いが頭の中をよぎります。


以前はそういうことをすかさずブログに書き綴っていたのですが、

ヒーラーというお仕事をするようになってから本当に、、、

「書くということ」に対してあれこれ考えすぎてしまって、

なんだか、、、そういうの、、、そういう感覚忘れていたなぁ。。。と。


そしてそういうのが、、、

考えてしまうのが、とてもイヤだと。。。



ヒーラーとして、、、とか、ライターとして、、、とか。

そういう、自分に何か「肩書き」をつけてしまうの、、、すごくイヤなんですね。


私はヒーラーです。というよりも、今は、ヒーリングのお仕事をしています。と。

そういう風に言うのが好きです。


ただの主婦なんです。。。っていうのが、すごく好きです。



私がそういう風に思うのは、その根底に、

「すべてのもののもとはひとつ」という感覚があるからで、、、

すべての人が結局は、最後はみんな一緒。という感覚があるので。。。


なので、人が勝手につけた「肩書き」なんて、

一瞬で消えてしまう幻想にすぎないと。。。


だから、そこに「囚われてしまうこと」。。。が、すごくイヤなんですね。。。



クライアントさんと向き合う時も、、、

自分はヒーラーなのだからと、、、何か解ったふうなことを

上から語ることは好きではなく。。。

あくまでも、人対人、一対一の関係でいたいのです。



そう言えば、、、子育てをする時もそうでした。

子供より自分のほうが上だと思ったこと、一度もなかったです。


親だって、子供たちから学ぶことはたくさんあるのだと。。。



昔からそういうの、、、好きじゃなかったんです。。。きっと。

だから、「ヒーラーとして」あれこれ解ったようなことを語ることも、、、


本当は、好きじゃないのでしょう。多分。


だから、あんなに好きだった「書くということ」が、、、

「重荷」になっていたのでしょう。。。



最近少しづつ、戻ってきたけど、、、

早く、このスランプから脱出したいものです。


まぁ、、、これもまた、ひとつの「通り道」なのでしょうね。。。



知識が増えたり、経験が増えたりして、色々なことが分ってくると、、、

その道の途中で、落ちやすい落とし穴があります。


それは、「傲慢」という落とし穴。


私も一度、それに落ちたことがあるので^^;

多分もう二度と、、、落ちたくないのです。


「ヒーラーとして」とか、そういう肩書きに囚われると、、、

再び何かの落とし穴に落ちそうで。


多分、、、無意識のうちにそれを警戒しているのだと思います。。。



やっぱり、、、人はみんな、「お互いさま」なんです。。。


親子の関係であっても、先生と生徒であっても、

癒す人と癒される人であっても、夫婦や恋人同士であっても、、、


ただそれぞれが、「その役」を演じているだけであって、、、

その関わり合いの中でお互いが、何かに気づきたいために、

その物語を、、、お互いに共同して引き起こしているだけなんです。


だからそこには、、、上も下もない。。。


そして面白いことに、、、その「気づき」って、

なぜか、お互い同時に起こるのです。


もちろん、何に気づくかというのはお互いそれぞれです。

お互いが自分にとって必要なことに気づく。。。


そしてそれが起こると、、、

その関係性は解消されることがよくあります。


だから親子とか夫婦の縁というものは、、、

お互い、かなり覚悟して設定してきたものなのだろうなぁ。。。と。


いつも思います。



この、誘惑の多くて、あちこち落とし穴だらけの、、、

この冒険、、、このゲーム的な世界の中では、、、


いつもそのことを、意識して、自分の胸に留めておこうと。。。



******



サラの歌が頭の中に鳴り響いている時、、、

ゼニスのことをあれこれ考えていました。


占星術を勉強しているといつも感じるのは、、、

自分の今回の人生の「ブルー・プリント」というものは絶対ある。。。ということで。


なぜなら、その人がだいたい何歳くらいの時、こんな感じのイベントがあり。。。

みたいなことは、その人の生まれた時の、ネイタル・ホロスコープを見れば、

だいたい解ってしまうからです。


・・・というか、私はまだまだそこまでちゃんと読めませんが^^;

でも、そういうものなんだな。。。というのは、長年占星術と関わってきて、

今ではもう、、、確信に至っていたりします。



でもそのブルー・プリントって、「運命」ではないんですね。。。

何のブルー・プリントかというと、その人が生まれるときに纏う、

エネルギーの質なんです。


魂の質ではなく、「今生の私」という、エゴ・パーソナリティの質です。


言い換えれば、「思考癖」「思考回路のタイプ」。


それが、ネイタルのチャートに出ていたりするんです。。。


どんなエネルギーを纏って生まれてくるのか、、、というのはおそらく、

過去生での経験が深く関わってくるのでしょう。。。


その、自分が持って生まれたエネルギーと、自分の外側のエネルギー、、、

つまり天体の位置。。。科学的に言えば、重力とか引力とかだと思うのですが、

それの相互作用によって、その人の周りにどんなエネルギーが発生するのか、

どんなイヴェントが発生しやすいのかが決まってくるのだと思います。


私はそれを、魂の描いた、今回の人生という冒険の設計図の縮図。。。

人生の大まかなブルー・プリントなのだとして考えるのが好きです。


そして、こういう風に物事を考えること自体が、、、

なんだか、人間っぽいなぁ。。。とも思います(笑)



自分のホロスコープを研究したり、分析したりする視点は、、、

それは、魂からの視点だと。。。

そんな風に感じたりもします。


ホロスコープには、魂のエネルギーはまったく反映されていませんが、、、

「夢の登場人物としての私」については、たくさんのことが描き出されているので、

それを、「第三者の視点」で眺めるということは、、、

「内省」に通じるものがある。。。


そう感じています。


その視点から見ると、、、ある意味、人生というものは、

どの時点でだいたいこんなことが起こり、またある地点ではこんなことが。。。と。

そういうことって、決まっているように見えます。


ただ、その「こんな感じのこと」の細かい詳細までは決められていませんので、

そこをどういう物語にしていくのか、、、というのは、今の自分。。。

「夢の登場人物としての自分」。。。

つまり、エゴ・パーソナリティ(マインド)に任されているんですね。。。



私はゼニスオメガというツールと出会って、、、

いろいろな変化を経験しました。


私の家族も、、、とても大きな変化を経験しました。


そして今、出会うクライアントさん達のお話を聞けば聞くほど、、、

なんというか、、、みなさん、ある岐路に立っている時に、

私のところにやってきているような感じが、、、すごくするのです。



つまり、、、

自分の魂のブルー・プリントにおいて、「ここで変化する」と決めていた、

そのタイミングで、ゼニスオメガと出会ってるみたいな。


そんな印象を受けることが多いんですね。。。



・・・ということは。。。


ゼニスを受けるから、人生が変化するのか。。。

それとも、、、人生の変化の時期だからゼニスと出会うのか。。。


・・・と、よくそんなことを思ったりするのですが。


娘にそれを、どう思う?と訊いてみたら、、、

「なんか、鶏と卵の話みたい」って言ってました(笑)



でもこれって、こういうことなのだと思います。。。


人間的な視点から見たら、「ゼニスを受けたから、人生が変化する」

魂的な視点から見たら、「人生が変化する時期だから、ゼニスと出会う」


・・・ということ。。。



サヴァリン・インテグラル的な物の見方って、、、

そういうものなのではないのかなぁ。。。と思います。


その両方の視点を、同時に生きること。。。


人間的な視点と、魂的な視点の。。。


今の私として、、、

「ひとりの人間としての今の人生」を存分に楽しみながら、、、

同時に、もっと魂的な視点で、自分という人の物語が、

他の人の物語とどう絡み合っているのか、、、

人類全体で進行させている大きな物語に、どう絡んでいるのか、、、


それを観察する。。。


そしてその瞬間瞬間に、、、

どういう選択をすれば、自分や他者が、最も活き活きできるのか。。。


・・・とか。。。


私は常に、、、そんなことを考えていたりして。。。



娘にこの話を、延々語ってたら、、、

彼女の目がボーッとしてきてました(笑)


こんなことを考えて生きてる人って、、、

あんまりいないのかもしれないよなぁ。。。と。。。


娘も、、、いい迷惑だろうなぁ。。。と。


我慢強く、話を聴いてくれて、ありがとう。。。と。。。



だから私は普段は、、、こんなことは人には語らないし、、、

ただブログで書いて、そこにおいておくだけにしてるのですが(苦笑)


でも私は、、、

自分の人生を、、、こういう風に観察していることが、

とても好きなのです。。。

IRIDESCENCE

千葉県松戸市で小さなヒーリングサロンを開いております

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