未知の記憶・・・再び



いろいろと一段落したので、ドールマンの翻訳を再開したいと・・・

気持ち的にはそう思っているのですが、なんだかボーッとしてしまって。。。


せっかく空いた時間、もったいないなぁと思いながらも。。。


お天気も悪いし。。。

自分の太陽に土星ががっつり乗っかっている時は、、、

やっぱり、なんとなく、どこか重たく感じたりするのかしら?なんて。



ボーッとしていたら、勝ちゃんのことを思い出しました。

この前チラッと、その名前が出たからかもしれない。。。



勝ちゃんとは、中川勝彦という、昔の歌手の人で、

中川翔子ちゃんのパパです。


昔、彼のファンでした。


やっぱり、水星逆行している時って、昔のこと思い出しやすいのかな?



彼が亡くなったあと、、、ずいぶん経ってから、

私はただのいちファンだったはずなのに、、、

自分でもよく解らないうちに、その身内の人とも深く関わることになり。。。


その時も、、、いろんなことを考えさせられた。。。


あの小さかった翔子ちゃんも、もう三十路越え。。。


テレビで彼女の姿を見かけるたびに、、、

不思議な気持ちになります。。。


時が経つのは、本当に早いものですね。。。



中学生の頃、カルチャークラブの来日コンサートに行った時に、

その前座で歌っていた勝ちゃん。


それまでも、音楽雑誌などで彼の存在は知っていましたが、、、

まさかその人が出てくるとは知らされていなかったので、

ちょっとびっくりしました。


カルチャークラブの登場を待ちきれない人たちの前で、


「みなさんに良いお知らせがあります。次の曲で、僕たちは終わりです!」


・・・と言って、会場からの大喝采を浴び。。。

(私も当時は、歓声をあげたひとり 笑)

と同時に、会場全体を、自分たちの最後の歌へと注目させた彼。


でもその時はまだ、、、

その数か月後から、彼のコンサート通いをするようになるとは、

思いもしていませんでした。



高校時代は、、、

学校の規則は厳しすぎるほど厳しかったし、キリスト教の教えを

無理矢理押し付けられるのは、本当にうっとおしかったし。


私は昔から、どちらかというと、音楽でもお洋服でもなんでも、、、

人とは違うもの、、、ちょっとマニアックなものが好きだったほうでしたが、

その頃周りにいたお友達はみんな、ジャニーズ・ファンだったり、

雑誌やテレビで流行っているお店を目指して、毎週のように

原宿に通うようなタイプの子ばかりで。


なんだかもう、あの頃は。。。

学校がつまらなくてつまらなくて、

友達はたくさんいたけれども、なんだか孤独だった。。。


卒業の日を、指折り数えたりもしていました。



そんな時、唯一心の支えみたいになっていたのが、

音楽でした。


中学時代からの親友と一緒に、

勝ちゃんのコンサートやライヴに通うことが、

すごく楽しかった。。。



そんな、かなり多感だったあの頃。。。

勝ちゃんからは、多大な影響を受けました。



当時彼の言っていた言葉の中には、、、

今でも鮮明に記憶に残っているものがたくさんあって。。。例えば。。。


人それぞれ、とらえ方はいろいろだけど、本当の優しさって

言葉や頭でわかる問題じゃないと思う。


“優しさ“っていろんな見方があるね。


厳しさを優しさととる人もいれば、優しさを大きなお世話ととる人もいる。

もしかしたら優しさってとても恐いモノなのかもしれないね。


途中であきらめたりしない。

常に自己を邁進し続ける。


難しい事を言ったり、理屈をこねたりする事じゃない、素直さなんだよ。

自分にいかに正直になれるかなんだよ。


自分のやりたい事を自分自身で探していきながら、

自分がいかに楽しむか。


自分の人生なんだもん。しっかり足を踏んばっていなきゃ。


他人に足をすくわれても、しっかりそいつをにらみ返して

何度でも立ち上がりたいね。


・・・とか。


またある時、ファンのひとりが彼にこう言いました。


「せっかくのライヴでみんなが盛り上がっている時に、

 ノリが悪い子って、やっぱりイヤですよね?」


・・・と。。。


でも、そんな質問に彼はこう答えました。。。

 

ただ立っているだけでも、何も動いていないように見えても、

 その人なりに何かを感じているんだよ

 

・・・と。



高校を卒業して新しい学校に進学すると、、、

そこではもう、、、パラダイスな日々が待っていました。


今までとは打って変わって、楽しい生活。


でも、、、あの時なぜそこがパラダイスになったかといえば、、、

自分自身が変わったからです。


高校時代、それをつまらなくしていたのは、結局は自分だった。


私は、周りのみんなとは違うんだ。。。と。

そう思って、心を閉じていたから。


ある時、自分のそういう頑なさを認めて、、、

そして、新しい場所に入学すると同時に、

ちょっと努力して心を開いた途端。。。

突然、何かがスルスルとほどけていくような気がしました。。。


結果・・・楽しくてキラキラした日々が、自分の周りに展開していったのです。


あとあとになって気づいたのは、、、

高校の、、、あの重苦しかった3年間というのもまた、、、

今と同じように、土星先生が私のネイタルの太陽のあたりに

いらっしゃる。。。という配置だったようで。


新しい学校に入学するのとほぼ同時頃に、、、

土星は次の星座に抜けていっていました。



・・・ということはつまり、、、

星だけを見れば、今の私もまた、

あの高校時代の頃と同じような、重苦しい時期なはずなのですが。。。


今は、あの頃みたいにドヨーンとならないのは、、、


「起こっていることはすべてが自分の責任において起こっている」


・・・ということを、、、今はもう、重々解っているからなのだと思う。


自分の責任で起こっているということは、、、

自分次第で、それをどうとでも変えることが出来る。。。ということ。


だから今では、、、それを楽しむ余裕さえあったりもする。。。



土星がいる時は、ものすごく忙しかったり、やりたくないことを

やらなければならなかったり、色々とスムーズにいかなかったりと、

たしかに、重いといえば重いのですが。


でも、今それを謙虚に受け止め、、、

常にハートの美徳を忘れずに、瞬間瞬間を生きていれば、

そこまでドヨンともならずに、なんとかなるものです。


それにもう、、、

その重さが永遠に続くものではないということも解っていますし、

やることさえちゃんとやれば、その次はキラキラなことも解ってますし。


理解が深まれば深まるほど、、、

どんなことが起こっても、ドーンと構えていられるのだと。。。


自分自身のこれまでの経験から、そう感じています。


そして、そう思えるようになればなるほど、、、

それとシンクロするように、不幸なこともまた、起こらなくなるもので。。。



もし今、重くて苦しい人がいたとしたら、、、

大丈夫ですよ。。。と言ってあげたい。


今は辛いかもしれないけど、いつかは絶対に抜けるから。。。と。

とてもじゃないけど、今はそうは思えないと思うけど、、、

それは必ず、いつかあなたの、大切な大切な宝物となるから。。。と。



勝ちゃんの、「未知の記憶」という本のあとがきに書かれている言葉が好きです。。。


今までもブログで、何度も書いたけど、、、

思い出したので、再び。。。



ぼくときみ。きみとあなた。そして、あなたと私。


何でもいい。。ひとつずつ、結ばれているものを並べていけば、

世の中のもの、色んなもの、いくつも結ばれていることが、わかりそうで、

ひとつずつ、きちっと結ばれているのを確認していくような、そんな感じだった。


それが一周して、全て結ばれるものなのかどうかは、わからないけれども、

ニポの生き方を、そんな風にたどってみたかった。

 

この本は、ひとつの詩からできあがりました。


 「鳥が空を恋ひ

  魚が海を慕ふ様に

  私はあなたを愛するのでしょう…。」

 

この言葉のようになりたいと、いつも思っています。

 

途中、ボンゴが口づさむ、


「あの月のしずくが、

 月の山から流れとなり

 やがて海と結ぶ…」


と云う詩を考えた時、アフリカの資料の中から、かの青ナイル、白ナイルの

源流をたどっていくと、それは「月の山」と呼ばれる、ルウェンゾリ山群に

至る事を知り、思わぬ偶然の一致に思わずぞくりとしました。

 

そして、そういう山奥にこそ、ボンゴは長い間、

神秘のもやに包まれて棲んでいたのです。

 

書けば書く程、調べれば調べる程、ただの偶然では済まない一致が、

次々とニポの周りに集まりだしたのは、まるで未知の記憶にでも

触れているような思いでした。

 

目に見えぬ思いこそが、これらを導いているのだと、その形無いものが、

いかに大事な事であるのかを、あらためて知ったのです。 

 

さて、思いとは、一体どこから湧き出てくるものなのでしょう…。

 

それは、たどっていけば、自分が知らない自分の内部に、もとから在ったような、

たとえば地球が回っているという事を知った後も、知る前も、変わらずに地球は

回っていたのだという事実と、それらの宇宙の法則や環境など、様々なものの

影響を数知れず受けて、自分が今、存在している事、つまりそれら全ての影響を、

自分という人間が、生まれた時から内包していた事に、ただ後から出会っていくだけの、

気がついていくだけのものなのではないだろうか。

 

ここで偶然は、必然になってしまう。

自然とは、その位大きなものなのではないだろうか。

 

忘れていたのではなく、気がつかなかったのだという事が、

そう云えば、僕はたくさんあったような気がする。


1993.12月 中川勝彦


IRIDESCENCE

千葉県松戸市で小さなヒーリングサロンを開いております

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