孤独

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『西の魔女が死んだ』というお話が好きでした。


そのお話の中で、「人は死んだらどうなるの?」と質問してくる孫娘に、

おばあちゃんは、まず、こんな風に言いました。


「人が死んだらどうなるか、、、

 おばあちゃんが信じていることをお話しましょうね」


・・・と。


こういう風に表現するおばあちゃんが、、、大好きでした。。。




ドールマンのラスト・チャプターでは、、、

ジェームズが、シモンという賢者の口を借りて、

彼の伝えたいことをたっぷり伝えてくれます。


その中でシモンは、「創世」に関わるお話をします。

とても今風に。。。


なぜファースト・ソースは、、、

それは、神でも宇宙でも、呼び名はなんでもいいのですが、

その大いなる源は、様々な世界や様々な存在たちを作ったのか。。。

ということについて、「ひとりぼっちで孤独だったから」という

理由があげられていたりしました。


でも昨日、ドールマンにコメントをくださった人が、、、


「ファースト・ソースが孤独だなんて、にわかに信じられませんが・・・」


・・・とおっしゃっていたのを聞いて、、、

今日、ここに書きたいことが浮かんできたのでした。。。



さて、これから書くことは「私が信じていること」です。。。

私が信じていることを、お話しましょうね(おばあちゃん風 笑)



昨日の日記で、「私は孤独を感じていた」みたいなことを書きましたが、、、

それは、「夢の登場人物としての私」。。。

つまり、「Lyricaとしての私」が感じている「感情」です。



ファースト・ソースの意識にシンクロしてしまうという経験は、、、

人をコンピュータに喩えたとしたら、、、一種のバグが起こったみたいなもの。


そのバグで、コンピュータの機能が一瞬停止してしまったようなもの。


ブッダは多分、瞑想でそのバグが起こったのでしょうけれども、、、


たまに考えます。。。

果たしてそれは、、、本当に瞑想のせいで起こったのだろうか?と。


それは「たまたま」、、、

ちょうどその時にバグッただけなのではないのだろうか?と。



私の場合は、思考を限界ぎりぎりまで追い詰めたから、

一瞬、機能停止してしまったのです。


でも、特にそれを求めていたわけでもなく、、、

たまたま。。。です。



そうやって人は、、、


「今回の人生では、どこかで一度バグって、記憶を取り戻した状態での

 人間経験をしてみよう」


・・・と、最初から心に決めてきていたりするのでは?と。

そう考えるときもあります。


バグることをひたすら目指すという人生を体験してみよう。。。とか。

そんなことまったく気にせず、物理次元を完全に楽しんでみようとか。。。


ひとりひとりが、、、

それぞれの人生の中で、ファースト・ソースの望んでいたことを、

「体現」してあげているようなものだと。。。



そんなこんなで、ファースト・ソースがどういったもので、

どういう風にして存在しているのかということを、

私はその時、見てしまいました。


見た。。。というよりかは、自分がその意識に戻った。。。

と言ったほうが、真実に近いのですが。。。


ファースト・ソースには、人間のように「感情を感じる」という感覚は、

まずないです。


ないけど、、、あるとも言えます。



こんな風に書いても、読んでいる側は、

「?????」となってしまうこと、解ってます。


でも、それを言葉で正確に説明することって、、、

絶対に無理だろうと思っています。


言葉を重ねれば重ねるほど、、、

何か、ちょっと違うものになっていくような気がする。。。


なぜなら、「言葉」というものはマインドの領域であり、、、

ファースト・ソースの意識は、マインドを超越しているからです。



ファースト・ソースの意識は、ある意味、「カオス」です。


形もなく、何もないけれども、そこにすべてが渦巻いている。。。


自分の中に。。。


もちろん、自分という姿もそこにはないけれど。。。



私という「魂」が、具現化した時から、、、

時空の中で、、、それは、地球とは限らないかもしれなけど、

その中で、繰り返し繰り返し転生してきた記憶。。。


そしてこの先の未来に、繰り返していく転生の記憶。。。


その中で、見たこと、聞いたこと、触ったこと、香りをかいだこと、

食べたこと、考えたこと、感じたこと。


そのすべてが一瞬で解ってしまう意識。


私だけでなく、ここにいるすべての人達の、、、

異次元の人達の、、、動物や植物や鉱物や惑星の意識とか。


そういうのもすべて、一瞬で解ってしまう意識。


過去も未来も現在も、すべてがそこにあって。。。

具現化されるもの、具現化されない単なる可能性であるもの。

そういうすべてが、一瞬であり、永遠である、

「そこ」にある。。。


ファースト・ソースという、自分自身の中に。。。


だから、思考や感情もそこに含まれてはいるけれども、、、

それは、人間である私たちが感じるような形では存在していません。。。



けれども私たちがそれを想像しようとする時は、、、

どうしても「人間というマインドのフィルター」を通してしまうから。。。


だからジェームズは、、、

というか、多くの教師たちはそれを、「寂しい」と表現するのだと、、、

そう表現したくなるのだと。。。


私はそう感じていたりします。。。



なぜならそこには、自分しかいないからです。。。

ファースト・ソースという自分しか。。。


けれどもそこに、、、すべてがあり。。。

それが、私たち全員の故郷。。。


私たち全員の、真の姿です。。。

IRIDESCENCE

千葉県松戸市で小さなヒーリングサロンを開いております

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