語るより聴くこと

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小さな子供たちの育児に追われている頃は、、、

日々、あれこれ死ぬほど忙しくて、自分の時間なんていうものは、

ほとんど持てませんよね。


ただでさえ忙しい中、子供がふざけて何かをこぼしてカーペットを汚したり、

ちょっとしたイタズラで、炊飯器を床に落として壊したり、

ペットボトルで遊んでいたら、勢い余ってガラスを割ったりとか(笑)


そうやって、余計な仕事を増やされたりすると、、、


「も~~~!!!何やってるの~~~!!!!!」


・・・というような「感情」がまず最初に浮かんできましたが、

それをそのまま子供にぶつけてしまうと、、、

のちのち、ややこしいことになることは分っていたので、

私はそこで、一呼吸おいていました。。。


ハートの美徳の実践です。。。



もちろん、時には爆発したこともありました(笑)

育児、、、って、綺麗ごとばかりは言ってられませんものね。

でも、爆発したあとは、必ず謝るようにはしていました。。。


ママが謝ると、子供たちは必ず許してくれるので、、、

それで、何度泣かされたことか。。。


あぁ、、、子供って天使なんだ。。。と。。。



湧き上る感情をやり過ごしたあと、、、

もしそこでマインドが頑張り出したとしたら、

きっと、子供たちにクドクドお説教を始めたことだと思います。


「これはこうしちゃいけないの。なぜなら、こうこうこういうことだから、

 あなたは今、間違ったことをしたんですよ。

だから、そういう時はちゃんと謝らないといけないんですよ」


・・・と。


でも、そういうことをすることに対して、、、

私はどこかで違和感がありました。


私が余計なことを教えなくても、、、

子供たちは、深いところでは絶対に解っているはずだ。。。と。


どこかに、そういう信念があったからです。


子供たちの心に、、、

大人世界の余計な条件付けを、刷りこみたくなかったんですね。。。



私は自分が子供の頃から、、、

自分の中にいる内なる自分と、よく対話していました。。。


その自分は、なんでも解っていました。


また、すべてはひとつなのだということを、、、

その頃はすでに、知っていました。。。


だから、信じていたのです。。。

どんなに小さな子供であっても、本当は解っているはずだと。。。



だから、子供が無邪気にイタズラをして、誰かに迷惑をかけた時は、

こう言いました。


「今ね、ママは怒ってるでしょ。どうして怒っているか分かる?

 〇〇ちゃんの中にいる、もうひとりの〇〇ちゃんは、

 そのことを知ってるから、胸にお手手をあてて、ちょっと聞いてごらん」


・・・と。


しばらく待っていてあげれば、子供は自ら答えてくれます。

私が聞きたかった答えを。。。


「そうだね。その通りだね。

 じゃあ、これからは気をつけようね」


そのあと、子供はもう二度と、同じ過ちは繰り返しません。


もし同じことをやってしまった時は、こちらが何も言わなくても、

子供自ら、謝ってきたりしていました。



そんな子供たちの姿を見て、、、

私の確信は、どんどん深まっていったのでした。


どんな人でも、深いところでは解っているのだ。。。と。

どんな人でも、自分自身で気づく力を持っているのだ。。。と。



子供たちが思春期を迎え、「自我」が発達してくると、、、

彼らは天使から人間へと成長していき。。。

そういう時期に、反抗期は始まりますよね。


そうなってくると、また一段階、難しいレッスンが始まります。


うちの子は、あまり自己主張が強いほうではありませんでしたが、

いちお、反抗期らしきものはあったので、

ホッとしていました。


ある程度の自己主張がないと、、、

サヴァリンティがちゃんと確立できませんから。



でも、、、子供が反抗期の時は、親はいろんなことを学ばせられますよね。

そういう時期は親自身にとっても、ひとつの学び、ひとつの成長の

場面であったりもしますよね。。。



親は子供と同じ舞台に立たない。。。

これが一番だと、、、そう感じました。


とにかく、親は自分の感情に翻弄されないこと。

そして、親の権力を振りかざしたり、正論で子供を黙らせようとしたりとか、、、

そうやって、力で、子供たちを押さえつけようとしないこと。


そして私が一番重要視していたことは、、、

「子供の主張に、本気で耳を傾けること」

でした。


「教えてあげる」とか、「言い聞かせる」というスタンスではなく。


また、何があっても、自分は子供たちの味方なのだと、、、

それをひたすら、態度で示し続けること。。。


ひたすら、これをモットーにやってきました。



そして、それを実践するために必要だったことは、、、

心から子供のことを信じてあげることでした。。。



子育てって本当に、、、

親を大きく成長させてくれるものだと。。。


それをひしひしと実感し、、、

子供たちに感謝したものです。。。




六つのハートの美徳というのは、、、

愛そのものの表現です。


ソウルの意識の表現です。。。


それをストレートに表現しようとすることを邪魔するのが、

まずは感情、、、次は思考。


だからジェームズは、「まずは感情のセルフマスタリーです」と。。。

そう言うんですね。。。


ハートの美徳の実践は、、、そのためのツールです。


仏教的に言えばそれは、、、

「菩提心の想起」とも言えるでしょう。。。



昔は、、、本物の愛を、、、ハートの美徳を、何も疑うことなく、

本当にナチュラルに表現するには、、、

一度、悟り体験をするしかない。。。と、そう思っていました。



もし、一度でもファースト・ソースの意識にシンクロしたら、、、

すべてが自分自身なのだと確信してしまったら、、、

愛がすべてだと悟ります。


そうとしか思えなくなるのです。


けれども、この地上にいるすべての人が悟らない限りは、

一度目覚めた人も、常にマインドの意識に引きずられます。


だからカバラでは、人は一生のうち、

イエソド(自我・マインド)とティファレト(真我・ソウル)の間を、

何度も何度も行ったり来たりするのだと。。。


そう言うのです。


だから私は、、、とにかく密教的な経験をして、

できるだけ多くの人が悟ることが一番早道なのだと。。。


長い間、そう信じてきました。


だから、「瞑想しましょう!!」と、熱く語っていた

時期もあったりしました(笑)



けれどもある時出会った人と、いろんな話をしていた時、、、

彼は、、、顕教的な道からも、それは可能ですよ。と。

そう話していて、私はそれがどういうことなのか、、、

随分長い間、思索をしたりしました。



ハートの美徳の実践というのは、、、

その、「顕教的な道」です。


最初は、、、「演技」から入るのです。。。


でも、覚悟を持って「本物の愛の表現」を演技し続けることによって、、、

自分の周りの現実が、変わっていくことに気づき始めます。


愛を送れば愛が返ってくる。。。


それを、だんだん実感しはじめるのです。


自分に起こる現実が変わっていくことを目の当たりにしているうちに、、、

それは、揺らぐことのない確信に変わっていきます。。。


そうなった時はそれが、、、

「演技」ではなく、「本物」になるのです。。。

IRIDESCENCE

千葉県松戸市で小さなヒーリングサロンを開いております

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