グノーシス主義的やり方



ヒーリングやカウンセリング、、、

または、占星術的なアドバイスなどを求めている時の視点は、

イエソド・レベルです。


日常的なこと、、、というか、人間的な感覚で言ったら「普通」の

現実に目が向いている意識です。


そしてこの「普通」の中には、、、

今の「ニューエイジ的なスピの世界」で、非常に混乱した形で

捉えられている、多次元的な世界も含まれていたりします。


それは、チャネリングとか、アセンションがどうとか、

宇宙人がどうとか、、、そういうことです。



ヒーリングが起こると、「一時」、苦しみから解放されます。

でもそれは、「根本的な解決」ではなく、「新たな旅の始まり」です。


ですが、いろいろと古い荷物を降ろさなくては、

重くて重くて、とても新たな冒険には出られませんから。。。


だからやっぱり、現世的な問題をひとつひとつ解決していくのが、

とてもとても大切な、最初の一歩だと。。。


今の私は、そう思います。



自分の「本当の正体」を知ると、、、

そこからの視点が、自分の中で安定します。


すると、表面的には何が起こっていようとも、

その、深い深いところにある平安と、

いつも繋がっていられます。


もちろん、人間ですから感情や思考、それ自体を止めることは

出来ませんけれども、そういったものから起こる「波」に、

いちいち翻弄されなくなります。



実を言えば。。。

最近では、、、波に翻弄されないことがいいのか、、、

されているほうがいいのか、、、


そういうことさえ、、、どうでもよくなってきてしまったのですが(苦笑)


私は私の経験しか語れませんから、、、

だから、こういう話しか出来ないのです。。。



結婚した後は、、、私もいろんなことがありました。


そうやって、私の人生で起こったことを人に話すと、、、

「Lyricaさんも大変だったんだね」

・・・とか言われたりします。


まぁたしかに、、、

「人間としての私」にとっては、それは「苦労」だったのかもしれませんが、、、

それでも私は、それを「大変だ」と思ったことはありませんでした。


それどころか、、、それを心底楽しんでいました。。。


なぜなら、、、

19歳の時に私は、、、自分の正体を思い出してしまっていたからです。



でも、、、

その、「一見苦労のように見えるもの」の渦中にいるときの私が感じていた、、、

本当の心情、、、本当の「感覚」を伝えようとしても、、、

誰もそれを、理解してはくれませんでした。


みんな、「自分というフィルター」を通して、、、

私の話を、その人の思いたいような形に変換して解釈するから。


誰も人の話を、「本当に」聞いてない。。。


聴いてない。。。


「そうじゃないんだけど」。。。と。

そういうことで私はいつも、、、もどかしくてもどかしくて。


そういうことで、イライラしていた時期もありました。




人間視点でみたら、それは大変なことに見えるのでしょうけど、、、

私はいつも、、、本当に、幸せだったのです。


この「感覚」。。。

誰も解ってはくれません。


いくら説明しても、、、本当のところは全然伝わりません。。。


「大変だったね」とか言われると、、、

なんだか憐れまれているようで、すごいイヤで。。。


「全然大変じゃなかったんだってば!!」と死ぬほど訴えても、、、

相手にはそれが、強がっているようにしか見えなかったりとか。



なのである時諦めて、、、

いちいち説明するのもやめてしまいました。


それが「大変だったんだね」と映る人には、、、

もう、そう思っててもらってもいいや。と。


いつしか、、、そう思うようになりました。



そう思うようになったら、、、すごく軽くなりました。


そして、、、あぁ、、、自分のこんなところにも、

こんなエゴイズムがあったのか。。。と。


それに気づいて、苦笑いでした。。。



・・・とはいいつつも、、、

未だにまだちょっと、このエゴイズムは克服しきれていないので、

似たようなことでイラッ!!と来るときは、、、

たまにあったりはしますが。




人間視点ではない「感覚」から世界を眺めると、、、

この世はすべて完璧であり、、、まるで本当に体験しているように

感じられる今という瞬間というのは、、、

本当に本当に、、、どんなに貴重なものであるか。。。


本当に、、、そうなんですよ。。。


それは誰もが、、、最後の最後にファースト・ソースに戻った時、、、

「そういうことだったのか」。。。と、しみじみ分かると思います。。。



頭で、、、知識として分っているのではなく、、、

泣きたくなるくらいの、、、半端ない大きな安堵感。。。

とんでもない感動を伴って、、、


それが分かると思います。。。



この世はすべてが完璧であって、、、

そこにはもう、、、「自分」しかいない。。。


愛しかない。。。



Nothing but Everything...

Nothing but Love!



私が言いたいのは、、、本当はこれだけなのです。。。

これしかありません。



だから私は、、、

ジェームズがある時から、アヌンナキの話をしはじめ、、、

そこに「悪役」を立てはじめた頃から、それに対してだけは、

違和感がありすぎて。


どうしてなんだろう?

どうしてジェームズは、そんな方法をとったのだろう?

もしかしてジェームズは、実は知識だけの人だったのだろうか?とか。


そういう疑問がずっとあって。

だからこそ、ジェームズに直接会って、本人の口からそれがどうしてなのか、

説明してほしいと。。。


ずっとそんな風に思っていましたが。。。



でも最近、ちょっとしたキッカケで「グノーシス主義」のことが目に留まり。。。

スッキリした気持ちになりました。



グノーシス主義には、どこかで関心を持ちつつも、、、

その特徴が「二元論」だと聞いていたので、

これまで、私はあまり深く関わろうとはしてきませんでした。


これからも、グノーシス主義について深く研究したいとかは思いませんが、、、

でも、「これまでの人間の歩みを知る」という意味で、、、

そういう世界のことを知るのもいいかなぁ。。。と。

そんな気分になってきました。


グノーシス主義。。。

チラッとその表面だけを見てみたら、なるほどな。。。と思いました。


ジェームズの、アヌのお話はおそらく、、、

グノーシス主義的な持って行き方なのだな。。。と。


そんな感じがしました。



キリスト教では「神」と呼び、、、

ユダヤ教では「ヤハウェイ」(ヨッド・ヘイ・ヴァウ・ヘイ)。。。


ダスカロスが「絶対無限の存在」と呼ぶもの。。。

ジェームズが「ファースト・ソース」と呼ぶもの。。。

ジェームズのこの呼び名は、、、ウランティア・ブックから来ているのですけど。


そして私はそれを、、、「夢を見ている本当の私」と呼びますが。。。



カバラでもそうなのですが、、、

グノーシス主義もまた、そのファースト・ソース的な、絶対的なものの

ひとつ下にもう一段階、「神様的存在」を設定して物事を考えるみたいですね。


その神様が物質世界を創って、

私達の霊、私たちの魂、、、

呼び名はなんでもいいのですが、、、


それを、その「悪い神様」が創った世界の中に閉じ込めてしまった。。。


だから、早く目を覚ましてそこから脱出しなくちゃ!と。。。


グノーシス主義はそういう、、、

「善と悪」が存在する二元論。


でも二元論的な説明というのは、実は混乱させますよね。

最終的に目指すところは、「ワンネス」なのですから。


グノーシス的な考え方が生まれた時代背景を考えれば、、、

これが限界だったのかもしれませんが。


もしかするとその混乱さえ意図的だったのかな?

そこがひとつの、「イニシエーション」になっているとかね。



ウイングメーカーではその神様が

「アヌ」ですけれども、、、

グノーシス主義ではそれが、「デミウルゴス」。


ジェームズは、こうしたグノーシス主義的な物の考え方に、

現代の宇宙論を絡めて、、、もっと壮大にしていますが。。。



「悪い神様」みたいなもの、、、

自分の外側にいる「悪」みたいなものをそこに存在させること。


私はそれは危険な賭けだと思ったし、逆に人を混乱させていくと思ってた。


だってね、、、

ほとんどの人がそれを、、、

「額面通り」に受け止めてしまうのですから。。。


でもそれもまた、、、

ひとつの「やり方」なのだと。


なかなかそう受け入れきれない自分の、、、

ここにもまた、エゴがある。。。




言葉で説明できないことを、誰かに説明しようとする時は、、、

神話とか喩え話を使うしかないのでしょう。。。


そしてそれを、どういった「表現」で伝えればいいのか、、、

いにしえの賢者たちは、そういうことをすごく考えたのだろうと思う。


デミウルゴスとか考えた人も、、、

そうだったのだと思う。。。


ファースト・ソースの中にある無限の可能性の中から、、、

誰かがそれを表現したのでしょう。。。


インスピレーションとしてキャッチして。


でもそのおかげでそれがずっと、固定されてる。

エレメンタルとして。。。



ジェームズ、、、信念体系を変えるのではなかったのかなぁ(苦笑)

ジェネティック・マインドを作りかえるのでは。。。



彼もやっぱり、ヒューマン・インストゥルメントを纏って、、、

あれこれ苦労しているのでしょうね。。。




本来言葉にできないものを言葉にしなくてはならない時は、、、

それを伝える人の個性がそこに乗るでしょうし、あとはその時代を

生きている人達の意識レベルとか、、、そういった時代背景とかもまた、

関係してきたりするのでしょうし。。。



ジェームズですら、、、その「固定された世界」の中で、、、

固定された表現を使っていかなくてはならないのですから、、、


彼も本当に、、、いろいろ試行錯誤したのだろうな。。。と。


そう思います。。。



私は、、、自分の外側に悪を立てるのは嫌いで。


悪というものがあるとしたら、、、

それはすべて、自分の中にあると。

そう思う人です。



そして、今のニューエイジ系スピみたいに、

そういった自身の中にある「悪」、つまり「エゴイズム」から

目をそらすことも嫌いなのです。



だから私は、、、

ジェームズの神話を読む時は、、、


アヌもまた、自分自身だと思って読みます。


そのアヌに対して、ダメなところはダメ!と。

あなたのこういうところは大嫌い!と。


そう、厳しく言い放ちながら。。。


深いところでは、、、

アヌにもやはり、限りない愛情を抱いています。。。



こんな風に書くとまた、、、

誤解されたりするのだろうなぁ。。。

IRIDESCENCE

千葉県松戸市で小さなヒーリングサロンを開いております

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