イエソドⅡ




先日、イエソドについてここで書いたあと、、、

自分の書いたものを読み直して、いろいろ考えていました。


目に見えないもの、言葉では到底表現できないことを

言葉で伝えようとすればするほど、、、

なんだか違うものになっていくような。。。と。。。


そんなことを思いながら。。。



例えば先日書いた、「仮面」「ペルソナ」という言葉も、

それを受け取る人によってきっと、その言葉のイメージは

変わるんだろうな。。。とか。




「ペルソナ」。。。という言葉を、最初に誰が生命の樹のイエソドに

結びつけたのか、、、私はハッキリ知らないのですが、

でもたしか、心理学者のユングも、この言葉を使っていましたよね。


ただ、、、

イエソドで表す「ペルソナ」は、ユングが定義したペルソナよりも、、、

もっともっと幅が広いような気がするのです。


なんとなく。



前回、私は「ペルソナ」という言葉を使いましたけれども、、、

先生がそう言っていたので、それに倣いました。


でもあれからいろいろ考えて、、、

「イエソド」を私自身の言葉で表現するとしたら、

私はそれを、、、


「エゴ・フィルター」と。。。


そう呼ぶかもしれません。。。


または、、、


「夢の登場人物としての自分」


・・・と。



それは肉体同様、この世界で生きていくためには必要な

衣装の一部なんですね。。。




その「エゴ・フィルター」がどういう形になっているのかを、

自分自身で理解することは、相当難しいことです。


なぜなら、自分のことを理解しようとする時にすら、

そのフィルターを通してしまうからです。


そのフィルター越しに自分自身を観察し、

判断してしまうからです。



ですから、「私はこういう人」と思っているうちの大部分が、、、

その人の「思い込み」だったりすることも多いのです。



ティフェレットの視点を獲得するまでは。。。




私の尊敬する人たちはみんな、口を揃えてこう言いました。


「汝自身を知れ」


・・・と。



この言葉にはそれこそ、多次元的な意味が込められていますが、、、

ひとつの層の意味としては、そのフィルター。。。

自分自身のエゴ・フィルターがどういう形になっているのかを

知りなさいという、、、

そういう意味も込められているように感じています。



そして、、、

そこをもっとしっかり分析・理解してからでないと、

他者のことなんてもっと理解できないでしょ。というのが、

私の考えです。



だから、、、人のことをとやかくよりも、

まずは自分自身を理解することから。。。


なんだと思います。




イエソドは、ひとつのフィルターであり。。。

それは、「エゴ」のことです。


でもこの「エゴ」。。。という言葉は、

日本では誤解されやすい言葉ですよね。。。


私自身も以前は、混乱していました。



「エゴ」というのは、ギリシャ語で「私自身」という意味です。


ジェームズはそれを、「エゴ・パーソナリティ」とか、

「エゴ・マインド」とか呼んでいたりします。



そしてこの「エゴ」というのは、先日のハラランボスさんからの

言葉の中にあった「エゴイズム」とは別物なんですね。


エゴイズムは、、、簡単に言ったら「自分勝手な欲望」。。。

みたいなものでしょうか。。。


ハラランボスさんは、「私欲」という言葉を使ってましたが。。。



「エゴ」と「エゴイズム」の違い。。。

ここを勘違いすると、、、とんでもない混乱が起こります。。。


言葉って、怖い。。。


そう思った一瞬でした。




「エゴ」は消してしまうものではなく、、、

まずはしっかりと、「確立」させてあげるものです。


それをしなければ、何も始まりませんし、

エゴを抹殺しようとすればするほど、

きっと、、、遠回りになるでしょう。


そして確立されたエゴの意識は、まずはソウルへと、、、

そして、最終的にはファースト・ソースへと昇華させてあげるのだと。。。


そう思っていたりします。




この、生命の樹という象徴体系を展開させたカバラもそうですし、、、

ウイングメーカーも同様にそうなのですが、、、


西洋的な思想の奥底には、グノーシス的な考え方が

どこかにしっかり絡みついているのだな。。。と。


そんな風に感じたりもします。



そして、、、

グノーシス主義が「善と悪」というものをそこに置くのは、、、

もともとは「魂」と「肉体」というもの、、、

ひいては「目に見えない世界」と「目に見える世界」という、

そういった私たちの中にある、「二元性」、、、

「多次元性」を説明するという目的があってのことだったのだなと。


簡単に言ってしまえば、

「目に見える世界」を「悪いもの」と見なすことによって、

そこから脱出したくなる気持ちを煽り、真理に気づかせる。。。みたいな。


そういう方法論のように、私には見えました。



ですので、西洋の伝統的な道には、みんなどこかに、、、

「否定的」な匂いとか「厳しさ」「ストイックさ」が

漂っていたりしますが。。。


その「象徴体系」のシステムを、、、その思考法を理解すれば、、、

そこに書いてあることの、「裏の意味」が見えてくるようになり。。。


するとそこには、「人類に対する大きな愛」を感じることができる。。。



本当に悟った人が、、、

本気で「物質的な世界は悪」だなんて思っているわけないのです。


むしろ、その逆です。



ですので、「イエソド」、、、

ペルソナ、フィルター、エゴ。。。


呼び名は何でもいいのですが、その「夢の登場人物としての私」も、

それは、抹殺してしまう存在なのではなく、

大切に大切に、育てていってあげるものなのですよと。。。


生命の樹は、そう伝えているのだと、、、

私には、、、映ります。

IRIDESCENCE

千葉県松戸市で小さなヒーリングサロンを開いております

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