ネッツァー



生命の樹の右側の柱、拡大の柱の一番下にあるセフィラが

「ネッツァー」です。


ネッツァーのキーワードは「永遠」。。。


そして、ここに当てはめられている占星術的惑星は、「金星」です。


金星。。。愛の星。。。


神話で言えば、ここはヴィーナス(またはアフロディーテ)という、

愛と美の女神が司っているエネルギー。。。



ネッツァーのキーワードが「永遠」と聞いても、、、

最初はそのイメージがまったく掴めませんでした。


それは、、、

「繰り返されるサイクル」であって、強い情熱、強い感情、欲望

なのだと聞かされても、「????」となるばかりでした。



あれから10年以上経った今、、、

私がこのセフィラのキーワードを、

自分自身の言葉で選ぶとしたら、、、


きっと、これです。



「エクスタシー」



エクスタシーの感覚というのは、、、

マインドを通さない感覚のように感じています。


そして、それがどこから来るのかと言えば、、、

個人的にはそれは、、、細胞を創る原子ひとつひとつに、、、

もっと細かく言えば、その原子を創る小さな素粒子ひとつひとつに

刻み込まれた記憶、、、知性。。。のようなもの。


そこを通して起こる感覚のような感じがしています。



ウイングメーカーでは、「ボディ・インテリジェンス」と呼ばれる

ものがあり、それは「肉体の知性」と呼ばれてはいますが。。。


個人的にはそれは、「肉体」に限定されたものではなく、、、

物質的なものを構成している「素粒子の知性」であるような。。。

そんな気がしなくもありません。


肉体そのものを構成しているひとつひとつの素粒子。。。

それはついさっきまで、大地を構成していた素粒子かもしれないし、

宇宙の一つの星だったのかもしれないし。。。

もちろん、素粒子たちは違う次元のことも知っているだろうし。。。


思考のスピードが緩んで、ボディ・インテリジェンスのエネルギーが

マインドのパワーを凌駕した時、、、


人は一時、「忘我」の状態になるのではないのかな。。。と。

そう思っていたりします。


その時、、、エクスタシーを感じます。。。


エクスタシーというのはおそらく、、、

故郷に戻った感覚の「疑似体験」です。。。



本当に記憶を取り戻すこと、光明を得る体験とは、、、

このネッツァーによる忘我の状態とは、まったく違います。


けれども、ネッツァーの作用による忘我の状態、

エクスタシーの状態をよく、「天国」なんて言ったりするように、

この疑似体験、、、低次元のワンネス感もまた、人間的な

感覚からしたら、とてつもなく気持ちの良いものであり、、、

これはきっと、、、本当のワンネス感を得る前の予行演習のような。。。


こういったものもはきっと、、、

神様が私たちに組み込んでおいたシステムなのかもしれません。。。

とてもとても、本能的な。。。


そういった働きががこの、「ネッツァー」の作用というか、

生命の樹のシステムの一部として、この部分にあるのだろうと。。。



サイキック的な感覚も、このネッツァーの働きと

関わっているような気がしています。


予感、直感、ヴィジョンを見ること、チャネリング。。。

そして、テレパシーなどなど。。。



例えば、、、まだ、文明が発達していない時代。。。

近代的なテクノロジーなどなく、周囲は見渡す限りの大自然。。。


そういった時代、、、

人間の意識はまだまだ、生命の樹の下のほうのみで活動していました。


その頃は、イエソドの確立もまだまだ薄く。。。

人々は動物たちのように、誰もがみんな、同じように行動していた。。。

お互いがテレパシックに繋がりあい、、、サバイバルの本能(マルクート)のもと、

幼い集団意識のもとに、生活をし、社会を構成し。。。


人類全体が、とても幼い、、、

子供のような意識の中で動いていたことでしょう。。。



幼い子供のように、天使のようなピュアな心と、、、

とんでもなく残酷な心を併せ持って。。。



そのような幼い意識の中で発達する初期の宗教といえば、

アニミズム(精霊信仰)です。。。


すべての中に、精霊を観る意識。。。



アニミズムはシャーマニズムと関わりの深い宗教です。


そして、ヴィジョン・トリップをしたり、精霊と話をしたりする

シャーマニズムのようなものはおそらく、、、

ネッツァーの作用を利用したもののように感じていたりします。


ですので、シャーマニズムというものは、、、

生命の樹で言えば、まだだいぶ、低いところにあるものなのだろうと。



そうそう、ドラッグでのトリップもネッツァーだろうと思います。

夢を見ることも。。。



ネッツァーは、ホッドと同じように、、、

まだまだ、人間の「本能」に近い部分です。。。



私が自分の「ネッツァー」を意識的に利用しているのは、、、

歌っている時と、踊っている時です。


でもきっと、クラシック・バレエとかクラシックの声楽は、

ネッツァーの感覚とは少し違うような気がしています。


ネッツァー的な歌やダンスは、「創られたもの」ではなく、

もっと自然発生的なもの。。。

もっと、、、原始的なもの。。。


型にはまっていないもの。。。


型にはまっていないというのはつまり、、、

マインドを通していないもの。。。



ボディ・インテリジェンスに導かれるままに、、、

何も考えずに歌ったり踊ったりしていると、、、

ふと、忘我の意識に入るときがあります。。。


そこで感じる、エクスタシー。。。


自分というものが溶けてなくなり、、、

すべてのものと、ひとつになったかのようなあの感覚。。。


あの感覚が起こるのもきっと、、、

ネッツァーのエネルギーによるものなのだと、、、

そう感じていたりします。



ずっと叫び続けていたら、そのうちに音程を変えたくなってしまうこと。。。

そして、そこに音やリズムがあったら、自然に身体が揺れること。。。


こういうのってやっぱり、人間の本能なのだと思いますし、

それが、ネッツァーの作用なのだと感じます。


そこから発展していったものが、歌やダンスであり、、、

時代を経て、人間の意識の発達とともに、

歌もダンスも進化した。。。


それがクラシック・バレエであり、ベルカント唱法であり。。。


みたいに、身体の知性だけではなく、、、

そこではちょっと、、、いや、だいぶ頭も使うようになってきた。。。




そういえば。。。


自分のネッツァーのキーワードを、、、

「芸術」にしていたこと。


今思い出しました。。。

IRIDESCENCE

千葉県松戸市で小さなヒーリングサロンを開いております

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