ティフェレット



「ティフェレット」については、書きたいことが山ほどあります。。。



私が習ったカバラでは、セフィラの表記の仕方が、

日本で一般的に使われているものとは、微妙に違うところがあります。


例えばティフェレットは、日本では「ティファレト」と表記されるほうが、

どちらかというとメジャーなようです。


これは、ティフェレットに限らず、他のセフィラにも

共通して言えることなのですが、たぶん、日本でメジャーな表記は、

それはヨーロッパ経由での表記なのだろうと思います。


黄金の夜明け団とかそのあたり系統というか。



私の先生の先生がユダヤ人でしたので、

私が習ったのはユダヤ系のカバラであり、ゆえに、用語なども

ヘブライ語の音で表記していたようで、

そうするとそれは、「ティフェレット」になるようです。



まぁ、、、こういうのは、私にとっては些細なことなのですが、

気になる人は気になるようなので、いちお書いておきました。




ティフェレットは上の図でいうと、

数字で「6」と書いてある位置になります。



カバラ、、、と聞くと、すぐに「数秘術」と結びつけたがる傾向が

この日本ではなんとなく強いように感じますが。


カバラだけでなく、占星術も、タロットもみんなおそらく、

「数」とは繋がっていて。。。


この宇宙の法則を一番シンプルに説明できるものといえばそれは、、、

「数字」なのかもしれませんね。


・・・とは言っても、頭が理数系でない私はやっぱり、

数学よりかは、生命の樹とか、占星術的な象徴体系のほうが、

すんなり入ってきやすいのですが。。。


このあたりもまた、人それぞれですね。

人の数だけ、いろんな象徴方法がある。。。みたいな。




生命の樹の図をよく見ると、マルクート以外の

セフィラは、すべてこのティフェレットに繋がっています。


もちろんマルクートも、ダイレクトではないにせよ、

ケテルから続く中央の意識の柱という点では、

ティフェレットと繋がれています。



「ティフェレット」とは、「美」という意味です。


そして、ここに結び付けられている占星術的惑星は、

「太陽」です。



占星術に興味がない人であっても、自分の星座がなんであるのか

くらいは知っていると思うのですが、一般的に「私は何座です」

と言われている星座は、その人の「太陽の星座」のことです。


この「太陽の星座」が象徴しているものは、

よく、「その人の本質的な部分」と言われたりしますが、

私の個人的なイメージでは、「今回の人生で目指すところ」

・・・のように感じていたりします。



カバラの世界ではこのティフェレットは、

「真我」をあらわすと言われているようです。


真我とは、ニューエイジ・スピ的な用語でいえば、

ハイアー・セルフであり、もう少し分かりやすい言葉で言えば、

ソウル、、、魂のことです。



そういうことも含めて考えると、、、、

占星術で表されるその人の太陽星座というものは、


「魂が、エゴ・パーソナリティ(イエソド)に対して望んでいること」


・・・なのだろうなぁ。。。と。


個人的には、そんな風に感じていたりもします。



それは、その人の「魂の本質」というのとはちょっと違っていて、、、

「今回の人生ではここに辿り着いてね」と、エゴに対して思っている、

魂の願望。。。みたいな。


そんなイメージです。




カバラでは、旧約聖書を深読みして解釈するのですが、、、

例えば、「出エジプト記」で、モーセがヘブライの民を率いて

エジプトを脱出するというお話を、カバラではこう読み解きます。



「エジプト」という言葉は、ヘブライ語では「束縛」とか

「肉体」という意味になるのだそうです。


目指す「カナンの地」、「カナン」はヘブライ語では、

「故郷」、つまり、魂のふるさとのこと。


ですので、この物語を秘教的に読み解けばそこには、、、


肉体という束縛、、、その牢獄から脱出して、

魂の故郷へ帰りましょう。


・・・というメッセージが隠されている。。。




エジプトでの奴隷暮らしが長かったヘブライの民たちは、

すっかり奴隷根性が身についてしまっていたために、

最初、そのエジプト(牢獄)から出ていくことをめんどくさがります。


けれども、モーセにお尻を叩かれて、

しぶしぶエジプトを出ていくことを決意した彼らは、

モーセと共に、40年間荒野をさまよいました。


この「40」という数字も、秘教的にはとても意味ある数字です。



カナンの地を目の前にして、モーセやその周囲の人たちは、

そこへ入ることを神様に止められます。


でも、ヨシュアだけが民を引きつれて、その地に入っていけました。


なぜヨシュアがそこに入れたのかというと、そこでポイントと

なっていくのが、どうやら、彼の中にあった「謙虚さ」であるようです。



そんな深い意味が、ヘブライ神話。。。

つまり、旧約聖書には込められているのですが、

これは、「現代の神話」でもあるウイングメーカー神話も同じこと。


そのレベルでこの二つを比べると、そっくりです。



そっくりといえば、日本神話も同様に、そこに深い意味を

読み取ることができます。



天照大神が岩戸にこもってしまったとき、ある神様が

ひふみの祝詞を唱えました。



一二三四五六七八九十、布留部 由良由良止 布留部

ひと ふた み よ いつ む なな や ここの たり、ふるべ ゆらゆらと ふるべ



カバラの先生は、そんな大事な時に数なんて数えて何やってたんだろう?と

思ったそうですが、ある日、この祝詞の発音をユダヤ人にそのまま聞いてもらうと、

これはヘブライ語で、こういう意味に聴こえると言われたそうです。



「どうしたら、美しい人を外に出すことができるのだろうか」



・・・と。



それは、ただ数を数えていたのではなく、、、

「どうしたら、天照大神が岩戸の外に出てきてくれるんだろう?」

・・・と、言っていたことになる。。。


それを秘教的、カバラ的に解釈すると、、、


どうしたら「美」「太陽」、、、つまりはティフェレット、、、

つまりは魂を、、、

岩戸の外に出現させることができるのだろう。。。と。


そういう深いメッセージが、そこには込められていたことになる。。。




普段イエソド・レベルで生活している私たちの意識の中に、

ソウルの意識を出現させること。


それこそ、WMで言われているサヴァリン・インテグラルでもあり、

こういったことは、大昔からの、私たち人類の悲願だったのでしょうね。


そしてそれが、私たちがここにいる、本当の意味。。。

私たちが、この「地上の世界」で目指すところでもあるのでしょう。



個人としての意識の中に、最終的には生命の樹のティフェレットを

出現させるために、そのためにこの、物質的な世界は存在する。。。


三次元的な世界の存在理由はそれであり、、、

私たちがこの世界で、今の人間という形態を通してあれこれ経験し、、、

そして、最後に辿り着くべきところはその意識状態。


そんな風に感じています。



そして、そういうことを私たち人類は、、、

古い古い時代から、、、


人間に「自己意識」が芽生えた時代からずーっと。

繰り返し繰り返しやってきていたのでしょうね。。。


おそらく、、、何度も何度も、生まれ変わってきては。。。

IRIDESCENCE

千葉県松戸市で小さなヒーリングサロンを開いております

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